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仲間の投稿記事!

ハイサーイ(^^)/ ブログ係のヤス・シャチ・イチ・ケイゴです(^_-)-☆。

今週は仲間の投稿記事を載せますのでお願いします。

 

依存症のコウチャンです。今回の投稿は二回目になります。

前回は施設に繋がるまでの事を載せましたが今回は繋がってから今日までの事を載せたいと思います。

僕は買い物への依存が酷く欲しいものが有れば借金をして

買うことや給料を一日で使い方果たすことを繰り返し

挙句の果てには、横領をしてしまい、とある親戚の紹介で父親と

相談に行ったことがきっかけで一昨年の十二月に沖縄の施設に繋がりました。

当初は依存症と認めていなかったのは勿論のこと

初めての共同生活、初めて地元(大阪府)を離れて生活するなど

仲間に相談する事がなかなか出来なくて不安を感じることもあったのを覚えています。

スタッフの方には、我がままばかり言って困らせていました。

何かと理由を付けては自分と向き合うことから逃げて、

周りの仲間はみんな敵だと思っていました。

何とか施設で頑張れる方法は無いものかと思い、無理を言って

去年の四月に奈良の施設に移りましたが、

なかなか直ぐには変わる事が難しく、仲間になかなか相談出来ずに辛く結局一ヶ月持たずに自分で何とかしようと思い、

大阪府で一人で生活をする事を選択したんです。

大阪府に戻りましたが、生活は思う通りに行かず、どんどん苦しくなっていきました。

もちろん両親に会う勇気がある訳も無く最終的には施設へ戻りました。

でも、出たいという気持ちに変化はなく、とあるスタッフの方に伝え話し合いました。

話し合った結果施設に残ると決心はしたのですが、やっぱり不安は残り、

周りの仲間にも伝えられなくなり約四か月後に再び飛び出しました。

その時はとある方のコネで福岡で仕事をすることができました。

父親もわざわざ会いに来てくれて話をする事ができ、

もう裏切るのはやめようと思い生活していました。

当初は順調でしたが、仕事のストレスやプレッシャー等から再び

アディクションを使ってしまい、自分の病気が再発してしまいました。

「もうこんなオレ死んだ方がええんちゃうか、死んだ方が家族

みんな楽やろ、生きてる価値ないわ」

と思い自殺をしようとしましましたが、その時は恐いという

感じはなく、父親の姿が浮かび上がり思いとどまりました。

その後父親に連絡し、再び施設に戻ることになりました。

そして沖縄に十一月に戻り今月で八ヶ月になります。

不安を感じない日はありませんし、先の事を考え調子を崩す時もありますが日々仲間と助け合い生活しています。

何より施設に戻る前に父親と話しましたがあの時の言葉が凄く救いになり、励みになっています。

「お前自身を信じてない訳じゃない。病気のお前を信じてないだけや。頑張って来い。」と・・・・。

今回はここまでとさせていただきます。

今回はコウちゃんの記事を投稿させていただきました。

私達はプログラムが進むにつれ、過去を振り返る事が増えてきます。

そうする中で、過去の自分の欠点を見つけ出し、回復していきます。

自分の欠点を見るのは本当に辛いことですが、明るい将来を掴み取るためにも、

私達にはプログラムが必要です。

以上南城依存症ケアセンターブログ係でした。

 

 

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